肉体の疲労、

 

私から久しぶりに君のとこへいった、

楽しかった、

 

私が一人暮らししたら君をバイクで攫って家に連れて帰って酒飲みながらトランプでもできるのになんて思ったねえ

 

何億のあなたが電車に轢かれたかな

 

探してみて

 

肉体は疲労して、でも精神は疲労してなくてね

 

先程までは酒を飲みながら精神がどんどんやつれていったのに

 

うふふあはは〜

 

4%の鉄の板

目の前の美人

ガラスに映らない私

ふくらはぎの乳酸

顔にいる蟻

土埃のベール

 

 

ああ

早く生きたい

今日も鉄の箱がレールの上を走る

 

窓から見える景色は変わらず、運ばれていく人々も変わらず、

 

窓ガラスは風にさらされ、映る人々の影はどちらが本物かわからなくなって、、、

 

とけて充満した人々の熱は換気扇に吸われて、空気になった人々の意識が集まり凝縮し、また解放される

 

そんな日々を繰り返してなにがあるのだろう。

あの場でしか感動がない今これを繰り返すしか私の生きる意味はないのだろうか

 

 

 

 

 

 

人間とはそういうものだとわたしは思う。

 

 

そういうもの。

 

わたしは自分以外はたぶん信じてないというか、自分以外に対しては妥協して生きてるんだと思う。

 

自分に対して妥協したらそれは生きている意味がないと思っているし、生まれてきたからには妥協したくないし、

 

まわりにも理想を求めるのは普通に迷惑だと思うし、それぞれ価値観は違う。

 

まわりに理想を求めて勝手に期待して勝手に失望するのはあまりにも身勝手で、それは尊重とはかけ離れてるから。

 

私は妥協は悪いことじゃないと思う。

楽な方に逃げてしまうことや諦めてしまうのは人間しかできないことで、逃げや諦めはもともと何かをしたい気持ちがあったからで、

 

たぶん人々はそれを大人になった、現実を見るようになった、と言ってしまうんだけど。そこまで都合よく解釈するのも変だなあと思うよ。

逃げたけど、諦めたけど、大きすぎる目標から

自分に確実にできることをやろうと思ったでいいと思う。

 

なんかもうこの世の中は妥協と諦めが充満しすぎて麻痺しているのか、

 

ああ、ヒトはどこへ行ってしまったのか、、

 

 

今日は風が不安定だ

わたしの中のきみ

 

きみの中のきみ

 

 

私との時間

 

きみの時間

 

 

長い年月

 

 

知らないきみが沢山居て、

知られてないわたしが沢山居て、

知らないきみは今のきみとはあまりにも違って、

知られてないわたしは今のわたしとあまりに一緒で

 

なんだか知らないきみを知ってる人が羨ましくて、わたしも同じ時間同じ時を一緒に過ごして、もっときみを知りたかった

 

昔のきみはどんな人間だっただろう、今のきみとはかなり違って、当時にわたしと会っていても、見向きもされなかったと思うし、しなかったと思うね

 

なんだか変わった今のきみのほうが元気はないけれど、今のきみと出会えてよかったよ。

 

でもすこし、きみはこんな顔をするのかと驚いて、あんな顔をさせたくなっちゃうね、

 

きみは無理だと言うけど、なんだか切ないね

 

時間がかかってもいいから、

きみの昔のことを教えてね

 

 

 

異性好き

女好き、男好き、うーんむずかしいね

 

ああいった人らは何を考えて生きているんだろう、人間の本能に準じているだけなのか、理性はあるけれど理性が働く前に本能で感知しているのか、

 

反応レーダーがすごい、

 

やはりああいった人々の声は虚無に等しく、

それが一時的に実在するものだとしても、すぐに無くなるのは分かっているから、

 

なんだか馬鹿らしくなってしまった

 

 

幸せなのかなそんな人々。

 

常時あるものではなくて一時の欲望にかられて、それがまたなくなり、空いた穴を求めるようにまた異性を求めて彷徨い歩いて、でもまだ何か足りなくて、虚無の継続に心がすかすかになって、自我を保てているのが不思議だあ

 

もしくはもう保てていないのかもしれないけれど。

本能に支配されて人間としての心を失う??

私は何かにすがりついている。

それは見えるものでは無くて、でも実体はあって、私は普段ならすがりつくことはないのだ。

でもすがりつかずにはいられないのだ。

きみを離すことはできないのだ。

 

でも 私はやっぱりそこまで優しくはないのかもしれない。多分これは価値観の違い、育ってきた環境なのか。

 

 

愛の言葉や優しさの言葉だけで解決する関係なんて、浅いと思ってしまう。でもこれは価値観の違いであって、経験の違いだと思う。深い話ができるからこそ少しの言葉では解決はしないと思うし、信頼してるからこそ深い話はできると思う。

 

だからこれは悪いことなんかじゃないんだよ。

 

あなたは平和主義者だから、分からないかもしれないけど、私はこういうのも含めて平和だと思っているよ。

 

なにか、今のようなことがあっても、私は大丈夫だと思っているし、向き合えると思ってるし、二人なら頑張れるというか、認識しあえるとおもいます。

 

私は私たちを信じているから、信じたいから、

愛の言葉や優しさの言葉だけでは終われないのだ。

 

それだけで済んでしまう関係はあまりに脆いと思ってしまうよ。

ああ。

もう、なんなのだ

 

言葉。言葉ねえ。言葉はうん。やはり中途半端に使うと。だめだ。

 

なにが言いたいのかがわからない言葉はただ、人に誤解を与えて、想定してない感情やら、想定してない事態になってしまう。

 

日本語のよくないところかも知れないけれど、

いや、わたしのよくないところかも知れないけれど、わたしは言われた最初の一言が芯で、あとの言葉は後付けのような気がして、最初の一言でそんなことを言われたら、それを引きずって、落ち込んで、もう嫌なんだよ。

 

まずなにを伝えたいのかを明確に言って欲しいし、文句なら文句。縁を切りたいなら縁を切りたい、愛してるなら愛してる、ただの事実ならそう言って欲しいんだよ。

 

君の一言目は、わたしの尊敬する部分が無くなったら嫌になりそうだったね。

 

それって最悪だよね。

 

わたしはそれが最悪の言葉だって知ってるから言わないし、思っていても言わないし、まあ思ってもないし、

 

嫌になられたらそんなのこっちが嫌だよね。

嫌だと思われてるのに愛があるからなんとかしようと思うとかさ、言いたいことはわかるけど、

君が思ってる私の尊敬する部分なんて私が知るはずもないし、そんなものどこにも対処法なんてないし、きみに心を開かない意外に嫌われない対処法なんてわからないからね。

 

そりゃそうなるよ。

 

私は尊敬されるようなことなんてしてないし、

してたとしてもそれは私の当たり前であって、

そこに期待をしないで欲しいし、

それで嫌いになるのはあまりにも勝手だと思ってしまったよ。

勝手に期待をして勝手に失望されるなら

もうなにも見せないほうがいいて思うよ。

 

きみはこれを読んで死にたくなるのか、悲しくなるのかは知らないけれど、私はきみに失望なんてすることはないし、まあ君が死んだり逃げたら失望はすると思うけど。

でも私はそうしてほしくないから、

 

 

 

 

 

言葉はたとえ芯に伝えたいことがどんないいことであっても、誤解を招いたらもう取り返しはつかないし、着くとしても時間はかかるし、

それは愛情をもってる近しい人程その想いの差は開くと思うよ。