最近

うれしかった。伝わっていた。わたしは普段ならああいう場面、強く握ってしまう人だけど、あの時ばかりはなぜか優しくにぎったんだ。

それが一番わたしの心に合ってたのかも。

 

あしたはどうなるんだろう。

 

わたしは喪服のような黒を着ていこうとおもっている。

 

あしたはどうなるんだろう。

 

通い始めてやはり描くことはあまりにも楽しいけれど、少しの焦りと不安がある。

 

私はただでさえ情緒不安定だけど、これはすごい。神秘。

 

もっと不安定になって階段から下の喫煙所を除く景色に吸い込まれそうになる。

 

命を飲む。4錠。

 

そんな時にでもきみのブログを思い出して、ああ生きていてよかったとなってすこし落ち着く。

 

わたしがあそこで情緒不安定なのは???

 

わたしはあそこだとすぐ情緒不安定になる、なりやすい、とてもなりやすい場所。

 

中学の頃から通っているからかもしれない。

 

やはり絵画には不思議な力があるのかも。

 

わたしは絵を描いて行くと死にたくなる性質なのかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にそうなのかもしれない。

あれは自分を掘り起こすものだからその部分が見えすぎてしまうんだ。

 

再来週と毎日の木炭紙を楽しみに生きる。

自分

わたしは自分が嫌いです。

外見で言うと、顔も体も声も骨も皮膚も全部の形が嫌いで感触が嫌いなんですよ、ブスでどうしようもないバカで変に空回りしてアホでスタイルも悪くて、色々なコンプレックスがあります。

 

中身も嫌いなのですよ、

 

人より産まれながら劣っているというどこから来ているのかわからない実感がありまして、

 

なぜわたしはこんなにもダメなんだろうとまた嫌いになっていくんですよ、

 

これは私の■□両方に同じもので、

 

自分が好きな人はどうして自分が好きなんだろう、自分を認められる人はどうして認められるのだろうとよく考えます。

 

でも私は自分の中の確固たる意志をわりと信じて居まして、自分を信じることはできるんです。

■は自分の全てがきらいだけれど□は自分のそこの、核となる部分は好きで自信を持っているのかもしれないです。

 

なにをしたら自分が好きになれるんでしょうね。

ぎゃぎゃにゃぎゃ

ぎゃ!!!!にゃ!!!!ぎゅ!!!あひれほれはれほれ

 

あほんだらアホボケおばかちん!なぜわからないのだ!バカバカバカ太郎!とわたしの中の一人がずっと幼稚園児みたいに泣きながら奇声をあげながら手足をバタバタさせて、もう一人が

ああ……わたしなんかがいるからこんなことに……ああ…わたしは愛しているのに………ああ…………伝わっているのだろうか、、、なにもできない……わたしはこの重い愛を核に抱えその重さで自身が支えきれなくなり潰れ、砕け、壊れてしまうんじゃないかとばかり………に悲しげな顔と感情の重りをひきずって町を徘徊してベットにうずくまり絶望に浸る…

 

そんな気持ちを最近は持ち続け、これは愛故の感情だけども、前者のわたしに振り幅が大きくなったり、後者のわたしに振り幅が大きくなったりして、とても不安定なのである。

 

Pの嫌いな彼奴のSNSや、ブログを読むと、わりとそうなってしまう、

 

わたしはなにができるのかな、

 

わたしは人になにもできない

 

思うことしか、できないのである。

 

現実に行動にしてみる機会も少なくなっていくこの最中、私はとても、しみじみと愛と、愛故の自分への絶望を感じます

 

 

わたしはたまに●を感じる、聞こえる、見る

 

怒っている親の声や顔、友人のたわいもない会話の声や、怒ったおじさん、怒った警官、シャワーの音、その場で聞いていた曲、匂い、脳みその唸り、体の重み、写真のフラッシュライト、風の音に車の音、見た夢の記憶、、…etc

 

日常のささいな絶望がほんの一瞬にして瞬く、

気づくとわたしはシャワーを浴びている

 

わたしの絶望に友人や親や先生が介入していることに罪悪感をおぼえてまた絶望する毎日を繰り返してあははは

 

吐きそうになってまうけども私はもともと吐くの苦手ですっきりもできない

 

一人の部屋でラップ音が聞こえる。

 

私のスマホの笑い声が響き渡って、私は叫びまくる。

 

ラップ音は消えて、その代わり親の怒る声があたかもそこにいるように聞こえる。

 

振り向いて、家を見渡しても誰もいない、なにもいない。

 

私のフラッシュバックはいつか終わる日が来るのだろうか。

 

この発狂が終わる日が来るなら、いいのになあ

 

🕺🕺🕺

紡ぐ

わたしはあなたを許した

 

修正には少し時間がかかるかもしれないと思っていたけれど、そこまでかからないのかもしれないと思った。

 

彼自身は時間がかかってしまいそうだけれど

 

わたしは今日少しずつ、一本の繊維まで行っていたところを、少しずつでも紡げた気がする。

 

繊維はあつまり凝縮し、伸ばされて一本の太いロープになる。

 

ロープの端を繋いでしまえばそれは安堵と平和と安定になる。信頼になる。

 

わたしはやはり弱いけれど、弱くてもそれはしていきたい。

 

わたしは君のことを信じる。信じたその気持ちを現実のものにできればロープの端は繋がるだろう。

 

私はその未来が来た時、確固たる意志をもちながら、きみと一緒にいるだろう。

 

私はきみを許して、信じているのだ。

 

それを死で償うなんていうのなら、それこそ一番の裏切り、自分本位、それで償えたと思っているのは貴様だけだと言いたいのだ。それは一番の裏切りであり、私の思いを無下にし、私の許しを信じていないことになり、私と向き合ってないということになる。

 

自分が信じられないと言うのなら信じられる自分になればいい。

 

それすら放棄するようならそれはただの堕落。

 

人間の怠惰な姿しか残らないと私は思う。

 

こんなことを言うのは、きみを信じているからなのだ。

 

眠れない

もう、どうすればいいのかわからない。

 

わたしの中の二人の笑顔と揺れる光が

想像しただけなのに

匂いや声に雰囲気まで

私の脳に張り付いて

私はまたその河の底に沈んでいき

窒息してしまいそうになる。

動悸と喉の奥から何かが出てきて潰れそうになって吐き気とともにまた私の管がうなって 外に溢れ出す。

 

 

私は多分何日か眠れなくなる。

たまに見る連続映像にまた一枚加わってしまった。

 

顔があつい

わたしの管がうなりをあげて

外に出たがっている

 

イヤホン越しの扇風機のおと

顔ばかりあついかとおもったら足の指先まであつい

 

わたしの心音は速さを増して 大きくなり

 

頭はああ頭は

 

人生はあと80年も容量があるのか

 

ミュージックプレーヤーの容量みたくすぐ容量満タンになってしまいたい。

 

なんでこんな人生を生きねばならないんだろう

わたしには訳がわからないyo